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2021年7月30日 (金)

自己犠牲から個人の意思尊重へ

最近考えさせられることがある。

テニスの大坂なおみ選手が、「自分自身の健康のため」を最優先して今年の全豪オープン2回戦を棄権した。

「トーナメントにとって最善の方法は、他の選手、そして私自身の健康のためにも、みんながテニスに集中することができるように、私がこの大会を棄権することだと思う。決して、みんなの邪魔になることだけはしたくなかった」とコメント。その後、うつの発症を告白した。

女子体操界の大スターシモーネ・バイルズ選手(米)が、東京五輪の体操女子団体総合の決勝戦を自身の精神状態などを理由に棄権。

「私たちは自分のことに注意を向けなくてはならない。結局のところ私たちは人間なのだから」と語った。「やみくもに外の世界に出て、求められていることをするという姿勢ではなく、自分の心と体を守らなければならない」自身の精神状態と負傷するリスクを理由に挙げた「五輪だけが人生じゃない。私は心を守りたい」

ジョージア・エレンウッド選手(カナダ)がアスリートのメンタル面について言及した。

「アスリートとして、私たちはしばしば物事を乗り越えろと言われますが、自分自身を置き去りにしてしまいます。私たちは、心が最大の資産であることを忘れてしまいます…そして、オリンピックのプレッシャーは内面にダメージを与えます。彼女たちは、世界の重荷を背負っていても、心の健康よりも優先するものは何もないことを示しています。まずはあなた自身を大切にしてください」とつづった。

個人競技ならまだしも、団体競技における途中棄権は昭和世代の日本人としては非常にショッキングでもある。苦しみに耐え歯を食いしばって競技を続行するイメージが思い浮かぶ。

しかし、国民から大きな期待を寄せられるアスリートには想像以上のプレッシャーがあり、期待に応えようとする内面的なダメージはその人個人にしか分からない。

1964年の東京オリンピックマラソンで円谷 幸吉は銅メダルを獲得したが、その栄光とその後の悲劇を忘れてはならない。

シモーネ・バイルズ選手の途中棄権は結論として理解できる。オリンピックだけが人生ではなく、一つの通過点でしかないのだ。苦しい選択だったかもしれないが個人の意思を尊重したいと思う次第。

お気に入りの曲

Photo_20210730133201 ピンク・ピクルス/一人の道 

「見てほしかったもう一度 表彰台の晴れ姿 だけど身体は動かない とってももう走れない これ以上は走れない」 この曲は聴くたびに涙が出てくる 

https://www.youtube.com/watch?v=541Ga5pnPzA

 

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